

ホークス日記にようこそ!大阪の豆菓子屋、3代目社長の北野です。
弊社の豆菓子が、ソフトバンクホークスから
オフィシャルライセンス商品に認定されました!
なぜ大阪の豆菓子屋が、ホークスのグッズを販売?
その理由は1つだけ、、、
社長が筋金入りのホークスファンだから!!!
先代と親子で応援していた思い出と、商品開発への熱い思いを
ブログで紹介させていただきたいと思います。
ホークスファンの三代目社長の想いが凝縮された「鷹の玉子」が新発売!

24年8月から諸事情のより途切れていた
三代目社長の「ホークス日記」を
このたび、ホークス愛たっぷりの「鷹の玉子」の新発売を機に
再開したいと思います。
これからも、引き続き「鷹の玉子」と共にこのブログもご笑覧よろしくお願いします。
ホークスファン歴も、50年半世紀を超え、私も昨年、無事に還暦を迎えることができました。
この1年半以上のブログ空白期間にも
小久保ホークスは、就任1年目からリーグ連覇を達成
昨年は5年ぶりの日本一奪回も達成してくれました。
もちろん、その間も現地京セラドームや
年1回の福岡遠征での応援をホークス仲間と共に楽しんできました。
この間、ずっと冨士屋製菓の豆菓子で
ホークスのオフィシャル商品を作りたいと思い続けて、いろいろとアイデアを練ってきました。
その思いから約2年ほど、福岡ソフトバンクホークスとのライセンス契約
そして商品化に向けた申請やパッケージデザインの申請や修正など
我々のような小さな豆菓子屋にはいろいろな課題とハードルがありましたが
ホークス球団のご担当者様の丁寧な対応や、パッケージ業者の尽力があり
このたび、ついに冨士屋製菓の定番豆菓子「雀の玉子」の
ホークスバージョン「鷹の玉子」を新発売にまでこぎつけることができました。
ここまでご尽力いただきました関係各位の皆さんに
このブログを借りて感謝申し上げたいと思います。



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「鷹の玉子」に込めた3代目社長の想い

冨士屋製菓本舗は、創業1913年以来
豆菓子作り一筋にこだわってきました。
戦時中の中断もありましたが
戦後、私の祖父 北野留三郎が
現在の場所、富田林の須賀で「冨士屋製菓」の暖簾を引き継ぎ
豆菓子作りを再開してからも
ずっと一筋に定番「雀の玉子」を作り続けてきました。
平成22年には、雀の玉子が大阪府から「大阪産(もん)名品」の認定を受け
豆菓子で唯一の認定品となりました。
現在の「冨士屋製菓本舗」は、戦後 祖父が
豆菓子作りを再開し、そのあとを、2代目として父の北野啓史が引き継ぎました。
ちょうど高度経済成長と
当時の「豆味さん」の大ヒットも商売も順調に拡大していきました。
父は、当時大阪球場を本拠地とする「南海ホークス」が大好きで
まだ幼かった私を、よく大阪球場に連れていってくれました。
当時は、まだ野村克也氏が「監督、四番、キャッチャー」として
チームをけん引していましたが、パリーグでは往年の強さはすでに失われていました。
私が、ホークスファンになったきっかけは
昭和48年、南海ホークスとしての最後の優勝で
強い阪急をプレーオフでなんとか破って
パリーグチャンピオンになったことでした。
西宮球場でのプレーオフ第5戦を
父と一緒にテレビにかじりついて観ていたのを
今でもよく覚えています。
そんなホークスも野村監督が南海を去り
チームは弱くなる一方でした。
それに伴って、大阪球場も毎試合ガラガラ状態でした。
そしてついに大学4年の時に
南海ホークスがダイエーに売却されて福岡に移転していきました。
今でも南海ホークスの最後の大阪球場での試合を覚えています。
当時、ホークスへの興味も薄くなっていた私でしたが
その日だけは、居ても立っても居られなくなり
大阪球場の駆け付けた時は(その試合だけ、無料で、球場着はすでに試合途中でした)、観客席には入場できずに、外のモニターを観ていました。
その試合は、なんとかホークスが勝利し
最後のセレモニーを終えて「僕の応援もこれで一区切りだと」感じていました。
親会社がダイエーとなり、福岡に行っても相変わらず弱いままのホークスには
ほとんど興味もなくなっていました。(実はその時は海外に留学していたので)
ダイエーが福岡に新球場の福岡ドームを建設し
監督に王貞治氏を招聘し
FAやドラフトで有望な選手が加わり
99年のダイエーホークスの初優勝へとつながりました。
弱かった頃からずっと応援していた父も
久しぶりの優勝にとても喜び
旧友とのツテを頼って福岡まで日本シリーズを観戦に行きました。
その後も、ダイエーから現在のソフトバンクに親会社は変わりましたが
王監督の元、毎シーズン、パリーグの優勝を争う常勝軍団になっているのは
皆さんもご存知の通りだと思います。
父は、2011年8月に癌で他界しましたが
闘病中の3年間も、ずっとテレビでホークス戦を応援していました。
残念ながら、秋山監督の元で久しぶりの日本一に輝いた瞬間は
観れませんでしたが、きっと天国から喜んでいたことと思います。
私も、2011年からFacebookを始めたことにより
facebookの友達つながりから観戦仲間が増えて
その頃から、頻繁に京セラドームに通うことなりました。
昔は時々、福岡まで一人で応援に行っていましたが
今では福岡での応援仲間も増えて
ペイペイドームでも必ず年一、二回はホームでの応援も楽しんでいます。
南海ホークスから、福岡ダイエーホークス
そして現在のソフトバンクホークスへと本拠地も親会社も変遷しても
親子2代のホークス愛を引き継いできた
小さな豆菓子屋が、この度、やっと
オフィシャル商品を「鷹の玉子」として発売できることに感無量です。
天国の亡父も、きっと「よくやったな」と喜んでくれていると思います。



「雀の玉子」からホークス仕様の「鷹の玉子」へバージョンアップ
上記にもありますように
冨士屋製菓本舗は創業以来、ずっと雀の玉子を作り続けてきました。
今でも、20種類以上の豆菓子の中で、生産割合がダントツに1位となります。
「なぜ雀の玉子と言うんですか?」とよく聞かれるのですが
正直、正確な由来は、分かりません。
おそらく私が想像するには
昔 職人さんの間で、なんか卵みたいな形状から、通称で「雀の玉子」と
呼ばれていたんだと思います。
それが、いつしか業界全体の一般的な商品名として
広く認知されるように定着したのだと思います。
多少の違いはありますが、業界各社では
中がピーナッツで寒梅粉でまいて焙煎
そして たまり、または生醤油で味付けした豆菓子を「雀の玉子」
と呼んでいるようです。
今回のホークスとのコラボ商品は
まず「鷹の玉子」と言うネーミングは思いつきました。
現在の雀の玉子と同様に、ピーナッツに醤油味、そして
少し海苔をふった味付けに仕上げるつもりでした。
ただし、せっかく「鷹の玉子」なのだから
従来の雀の玉子より、少し大きく仕上げてみました。
雀の玉子は、大阪だけでなく
九州一円にも昔から馴染みのある豆菓子なので
冨士屋製菓本舗の雀の玉子同様、今回の「鷹の玉子」も末永く愛して
頂きたいと願っております。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
冨士屋製菓本舗 店舗情報
住所:大阪府富田林市須賀2-20-2
株式会社冨士屋製菓本舗 本社工場
TEL:0721-52-2966
豆菓子の販売は、進物や自家需要の大袋もございます
ご進物などはあらかじめお電話を頂いておりましたら
お待たせする時間を少なくしスムーズにお買い求めいただけます
営業時間:9:00~17:00
土・日曜、祝日はお休みを頂いています
駐車場のご用意もございます(工場前スロープに駐車可)
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